ゲーム+α日記(2005年8月)

'05年 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
  '04年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
  '03年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
'02年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
'01年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
'00年 12月 11月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
'99年 12月 11月 10月 9月


8/28(日)

 たまにしか寄らないゲーセンに入ったら、どういうわけか『エスプガルーダ』が置いてあった。
 きっとこれが自分を呼び寄せたに違いありません。

 こうして本日、『エスプガルーダ』は数少ないアーケード1コインクリアゲームとなってくれました。
 モニターを間近で見るせいもあるだろう、弾は大変に避けやすく、右手の3ボタン(ショット・覚聖・ボム)の馴染みのない並びもそれほどまでに不利とは感じられませんでした。
 いつものように安全運転で進めたところ、気が付けばラスボスまでノーミスなんていう前代未聞のパフォーマンス(言い過ぎ)を演じる始末。
 そこから次々と潰されていったけれど、さすがにクリアには十分な残機のストックでした。
 1週間前の教訓があったから特殊攻撃の出し惜しみはいっさいなし。それも吉と出たのでしょう。

 そのときの得点は、ランキング2位に入っていた5面終了時のスコアより少し高いだけでした。オールクリア時のボーナスはかなり大きいのに。一瞬、ほんの少しだけ、情けなく思う。
 でも楽しかったからいいかー。ばんざーい。


8/21(日)

 ついに、とうとうついに、『エスプガルーダ』難易度ノーマルでコンティニューなしにクリアすることができたっ! できました!
 やった!

 そんな感動達成(当社比)の前には当社比なりのボンクラな伏線があって、直前のプレイでもクリア寸前まで行っていたのです。
 ラスボス最終形態に入り、敵の残り体力ほんの僅かというところでこちらが死んで最後の1機、まあこの分なら全く避けずに撃ち込んでいても復活時の無敵時間内で倒せるだろうと高をくくり、ショットを撃ちつつバンザイの準備さえしていたところ、死んだせいでショットが弱まったか思うように敵にダメージを与えられておらず、無敵切れの瞬間に敵弾直撃→終了。これにはパッドを取り落としてしばし放心したものでした。
 もうこんなチャンス二度とないのでは、もしや永遠にこのゲームで遊び続けよとのラスボスからのお達しなのかとも思いながら、しかし顔を洗って一服(お茶の方で)などして気を取り直して再挑戦、そこでエンディングへの扉が開かれた次第。

 プレイ内容は直前よりだいぶ見劣りして、そもそも開き直りで使いまくることにしていたスローモーション機能「覚聖」をさらに極限まで(回避方向に)使い倒し、オートボム(「覚聖」状態で被弾すると自動でボム発射により死なずに済む)のお世話になることもしばしば。
 1機ごとに「覚聖」もボムも使い切るという、ある意味実力を出したプレイで再びラスボスへ。
 もう二の轍は踏まない。これまたボムに頼って(最後のみボムではダメージが与えられないが、無敵になるからしばらく死なずに済む)残機0・残ボム1回分というところで奴さん白旗掲げてくれました。

 もう最高だ。序盤から最後まで緊張しまくりのギリギリ感が自分にぴったりで、遊ばせてくれてありがとうと心から思いました。ありがとう『エスプガルーダ』。
 あと、プレイのきっかけは低難易度という話から始まった、それは確かなのだけれど、易しい―難しいの一軸上にゲームを置くことの物足りなさを改めて感じました。
 難易度よりも、どんなふうに楽しいかをいつも見ていきたいものです。


8/17(水)

 ゲームへの発語の導入と、読めない語句が使われる可能性が抹殺されたのかも知れないこととの関連について何となしに考えていたところ、一つ例を思い出しました。
 人名じゃないけれど。

 無声派アドベンチャーゲーム『プリズマティカリゼーション』において、悲劇が予見される食卓に着いた主人公は、呼びかけに確かに「ぉぅょ」と応えてはいなかっただろうか、いやいたはずだ。
 さすがにその場面をピンポイントに迎えられるセーブデータがないので確認はさぼりますが、初見ではっとした記憶を信じることにします。
 発声してしまえるようでありながら厳密には無理なところをきちんと突いてくる。これだから『プリズマ』は好きさ。


8/16(火)

 先日、打ち上げ花火大会に出かけて花火を堪能したのですが、きれいだとか音が迫力あるとかに混じって「避けられそうにない」という感想が頭を離れなかったのは我ながらどうかと思いました。
 いやしかし実際のところ、いくらワイドスクリーンとはいえ、巨大炸裂弾を3発重ねられたら、しかも炸裂後の各弾がしだれ柳よろしく尾を引いたりした日には、隙間が見あたりません! 見ていて手に汗握りっぱなし(もういい)。

 『戦国BASARA』も一段落したことだし次へと、開封→説明書めくる→…とじわじわ攻めていた『Atari Anthology』をついに立ち上げてみました(←やる気感じられず)。
 どこにも置いてないと思ったらワールドコレクション(ローカライズなしの直輸入、すなわち手抜き仕様)シリーズだったのか。店の探すコーナーを間違えていたかも知れません。あるいは店で探すこと自体が間違いだったのか。そんな気もします。アタリジャパンが言及してないくらいだし。
 特にお目当てのゲームが収録されているでもなく、タイトル数が特盛(全85種)というのがすてきに思えました。古いものだから全然知らないゲームだらけだろうし。

 どれを選んだものかも分からないので、Aボタンで選び続けて、たどり着いたのが『Asteroids』だったのですが(タイトル表記も非ローカライズ主義を尊重)、その操作系に衝撃を受けた次第です。
 昔のゲームであっても、自分が初プレイである以上、自分にとってという範囲でなら斬新だと言ってしまってもいいのでしょう。かつてこれをリアルタイムで遊んだ人たちと同じように。

 ゲームは一画面固定のシューティング。自機は画面上のどこへも移動可能で、画面からはみ出ると逆側から出てくる。体当たりされると死ぬ隕石や弾を撃ってくる敵機が至るところから出てくるので、それらを破壊していく。自機の向きを変えることでショットを全方向に撃てる。
 基本ルールはこれでおしまいですが、自機の操作にキーを3つ、上左右しか使わないのが特徴です。一つ足りない!
 ここでは「左右=旋回」「上=前進」というやり方で自機を動かすのでした。『戦国BASARA』の本多忠勝のように。
 思い通りに自機を操るためには、ここに加えて「前進させようとしてもすぐには加速しない、前進をやめてもすぐには止まらない」という慣性を手の内に入れねばならず、それはそれでものすごく困難なことなのですが、まずはこの3ボタン制が2Dシューティングで採用されていることに驚いたのでした。
 「上」と「前進」がイコールで結ばれ続けるのは、自機視点の時だけのはずなのだから。

 思えば「画面の端から端へとワープする」移動のルールも、自機視点が仮構されているとの予想を後押ししてくれそうです。
 ワープしているように見えるのはプレイヤーが見下ろしているからで、自機にしてみれば宇宙空間に端などなく、してみれば止まることなくひたすら移動し続けていられるこのルールなら、黒い空間が無限に広がっていることが実感されているはずです。
 おかしいのは状況を見下ろしているプレイヤーの方だ。

 操作系と移動のルールで自機の気持ちを汲み取っているなんて、なんてすごいゲームなんだろう。
 慣性の問題もあってとても1プレイは長続きしないけれど、そんな理由ですっかり感心し、そのままプレイ終了……
 むむ、本作が「高価な『Asteroids』」になってしまいそうな気もしてきました。これはいけない。


8/13(土)

 そんなことを思っていたところ、『戦国無双 猛将伝』がワゴンで投げ売りされていたのを発見。気がつけば手に取ってレジに並んでおりました。
 中古買ってしまったなあ。

 で、さっそく遊んでみたのですが、プレイ感覚は『戦国BASARA』とけっこう違うのですね。持っている武器が違うかのようだ。『無双』が棍棒でごつごつ殴る感覚なら、『BASARA』が氷を削ってかき氷を作る感じです(←武器?)。
 敵が打たれ強くてなかなか死んでくれない、いろんな指示をこまめに聞かないと自身は生き延びていても敗戦、使ってみないと効果が分からないので試行錯誤するしかない追加能力システム。
 『無双』のそれらはいずれもゲームにバラエティを持たせて長持ちさせるためのもので、そこが魅力とも言えるのでしょうけれども、こらえ性がなくなったか、これを頑張って遊ぼうとまで気持ちを高めるのが大変です。

 遊んでてしょっぱなから楽しいのは断然『BASARA』の方で、うまいこと手を加えたと思います。
 いや、確かにこれは義憤が出てくるのも無理からぬこと。プレイ前、説明書を読んだ段階では、両者の違いが全く分かりませんでした。
 ボタン操作はともかく、レベルの上限・武器の種類まで共通にすることもないのに。数値で丸分かりなそういうところは、まだ詰める余地がありそうです。

 『無双』シリーズが名乗るジャンルは「タクティカルアクション」ですが、その「タクティカル」があるかないかが『BASARA』との違いなのだと、遊んでみて初めて分かりました(『BASARA』は「スタイリッシュ英雄アクション」)。
 しかし、単純に真顔で『BASARA』が好きだ、と胸を張ることはできないとも思えるのです。遊ぶ側がそこまで遠慮することはない気はするのだけれど。


8/7(日)

 ずいぶんと集中して遊んだけれどもこれでしまいだろうかと、『戦国BASARA』使用キャラ全16人そろい踏みに感慨深い。
 あからさまな隠し要素が全て明らかになるのは、クリアの意識を強く呼び起こさせるもので、「飽きた」という形で離れるのが本来であろうゲームとのつき合いに、それより確かな線を引いて両者の仲を割くものです。

 ほかの15人をクリアして最後に登場したのは予想通り、お預けの末のご褒美にふさわしい最強武将・本多忠勝でした。
 しかしながら、本編では頑丈・破壊力抜群・先回り移動(ワープ)と三拍子揃った化け物キャラ(メカなので人外には違いありませんが)も、いざ操ろうとすると傍若無人に強くはない、どころか予想外にもろいのでありました。
 そのバランスの取り方に感心した次第です。

 まず移動ですが、横を振り向くことができません。通常の連続移動は前進と旋回のみ(メカだから)。後退さえできない漢らしさですが、あまりに潔いのが災いして、脇や後ろに回られると対処に苦慮することしきり。
 真横に見えるアイテムを取るのに苦労するとは思いませんでした。なるほど、これでは主君である家康もときにいらだちを募らせるはず。しかし、この身のままならなさを最ももどかしく感じているのは忠勝その人であると信じてやみません。
 かといって、横へ向く手がないわけではないのが面白いところ。武器を振りかぶった際、攻撃する方向を自由に指定できるのです。そして、得物の槍でなぎ払った方向へ、体はまっすぐ向いている。したがって、移動したい方向へ攻撃→カメラを忠勝の背後に回して前進、で、やや遅いながら振り向くことができる。
 移動一つ取ってもなかなかにテクニカルなキャラです。

 続いて攻撃。このゲームの各キャラには、基本攻撃のほかにそれぞれが持つ固有攻撃がありますが、忠勝には大した攻撃がありません。いや、遊び続けて経験値をためてレベルが上がればすごいのを習得する(本作はレベルアップで新技取得システム)のかもしれませんが、始めから覚えているのは「移動速度アップ」「防御アップ」のみ。
 これも、肩や背中の装甲が配置換えしたりして(メカだから)細かい変形芸が楽しめますが、あまり実戦向きではない。
 そして防御アップ→盾装備→移動速度ダウンというトレードオフの罠まであったりする始末。ってどういう仕組みだろう、その盾は自分で持っていたんじゃなかったのか? 重くて遅くなるという説明は却下されるのだけれど。空気抵抗?

 さらには防御にも、特徴と見せかけて致命的な弱点が。
 その巨大さと重さから、忠勝は攻撃を食らっても退きません。しかし体力は削られます。そして、敵の中には、一定時間延々と攻撃をし続けるのがいます。
 もし不幸にもそのただ中に飛び込んでしまったら。全く何もできず、死ぬまで攻撃を食らい続ける羽目にさえ陥ります。通常なら倒れたりのけぞったりしてその場から退避できるのに、メカである忠勝にその挙動は許されないのです。

 ということで、わらわらと寄ってくるザコ相手には無類の強さを発揮しても、手数で勝る敵や機敏に動き回るボスにはからきし弱い重戦車、それがどうやら本多忠勝の姿のようでした。
 確かに、敵として忠勝と初めてまみえた際には真っ向勝負で手もなくねじ伏せられたものの、最終的にはヒットアンドアウェイで倒していた。飛び道具を持つキャラを使う際には、地図の隅に追いつめてはめ殺すことさえできたのでした(←武士の風上にも置けない)。
 忠勝を操る際には、その過程がまさに、主客を転倒して再現されるのです。

 意外なほど苦しんで迎えたエンディング、時代から完全に取り残された忠勝よ安らかに眠れ。
 これで全員分クリア、いやー十分に楽しませてもらいました。
 これに対して義憤を抑えきれない人が多いという
『戦国無双』が気になりだした今日この頃です。ちょっと遊んでみようかなあ。
 あと気になるのが、「ゲーム批評」64号の一言コメントに「完全なるパクリ」として紹介されていたこと。この号の原稿とゲームの発売、早いのはどっちなんだろう?


8/3(水)

 相当時間をかけて気合いを入れて『戦国BASARA』に取り組みながら、未だ全キャラクリア達せず。そもそも全員出てすらいない。
 ステージは同じながら、各主人公の攻撃がとにかく多彩、見とれるやら呆れるやらでいっこうに飽きさせません。
 手のつけられない暴れキャラもいれば、攻撃力不足である程度きっちり立ち回りを考えなければならないのもいて、予想以上にアクションとしても楽しんでおります。
 いや、アクションゲームにこういう言い方もないだろうと思うけれど、とにかく外見のインパクトが派手すぎて、どこまで戦いに集中できるか、不安がないではなかったので、心配を裏切られてほっとしました。

 その中でも、不気味さ筆頭は明智光秀。デモシーンやプレイ中の気が触れた言動もさることながら、「恍惚的 吸収」という名の必殺技には目が釘付けになりました。
 敵にやにわに得物の鎌を突きつけて刺し込む。「おっと手が…」などとわざとらしく意図せざる行為を装いながら、棒立ちの敵から鎌を通じて体力を吸い取っていくさまが描かれるのです。
 周りの敵が襲いかかってくれば、光秀も無防備なので必ず一撃食らって吸収劇は終わり。しかし誰にも気づいてもらえなければ、しばらくの後には体力を大幅に回復した光秀と干上がって倒れる敵の姿がそこにあります。
 文字通り敵を食い物にする攻撃。プレイヤーとして、劣勢を一気に挽回すべくこの技を繰り出し、続けて戦いに臨むとき、これで良かったのかとちょっとした思いが頭をよぎらざるを得ません。
 ……面白いからいいんだけれども(←思考停止)。



Back
inserted by FC2 system