ゲーム+α日記(2009年1月)

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1/25(日)

 やればできるということを、少なくとも最近の『Guitar Hero II』プレイにおいて、少しずつでも着実に味わえていて、とても充実したひとときを過ごしています。
 「うまくなった」「良くなった」という曖昧な感覚ではなく、直すべきところ、改善できる点を考え、対策を打ち、練習して慣れ、本番で予定通りの成果を(繰り返す必要はあるにしても)出し、合格をもらう、という明確な道筋を辿っているのです。
 ついでに、報酬も実績の形で明らかにもらえるのでモチベーションアップ。
 あんまり成果主義に陥るのもゲームを楽しむのと離れてしまって良くないと思うけれど、たまにはこういう絵に描いたような成功体験も嬉しいものです。

 まずは最難関の「エキスパート」モードを全曲、脱落せずに弾き通すことに成功。『ギターヒーロー3』でこのコントローラーに出会ってから5ヶ月、長い道のりでした。やがて『3』もクリアできるだろうか。
 最終ステージの最後(オーラスの1曲前)に迎えた曲が、後半に入って「えらく難しい → 一息つく → えらく難しい……」というフレーズの波状攻撃で、ごり押しの効かない、しかし練習で乗り越えられる良い構成をしていました。
 乗り越えられたからこその感想ではあります。挫折していたら180°意見が変わったに違いない(いらぬ確信)。

 さらに、去年末に一度試みていた、パッドを2つ使っての右手と左手の共同作業「1人で協力プレイ」のブームがなぜか再燃し、これまた試行錯誤の末、「一度もミスせずにクリア」を達成。
 半ば自動的に「500音を連続ヒット」にもつながり、いい気分でおります。
 こういう遊び方をするなら、途中で投げ出している『Schizoid』をやればいいのに、と、あのゲームの記憶を蘇らせながら思いました(←過去作扱いか)。
 ただ、以前も思ったけれど、この手の挙措に慣れ親しんでしまうと、普通のことがまともにできなくなるのではないかと恐れる気持ちもあります。その点、科学的にはどうなんだろう。


1/19(月)

 プラチナコレクションを皮切りに、内容保証済み感満載の廉価版には目がない自分ですが、『ビューティフル塊魂』には心の底から参りました。
 酔って、目が回って、とてもプレイが続かない。

 「塊魂」シリーズは初代PS2版を遊んだことがあって、そこから何も変化していないのは、安心でも残念でもありました。
 あの「転がしているうちにここまで大きくなるのか、こんなものが、そのものの意味を無視して巻き込まれてしまうのか」という驚きこそが、「塊魂」入魂の輝ける瞬間のはずなのであり、それがあれば他は全て許せるのがこのゲームへの自分の反応でした。
 しかし、そこから新鮮味が奪われ、さらに予想だにしない苦行が待っていたとしたらどうだろう。

 特に横方向、あるいは障害物に邪魔されたとき、転がし球が思うように動かない際の目線と実物の動きのギャップが、吐き気やめまいを激しくかき立てます。
 車酔いと同じ原理に基づくこの現象が絶えず訪れるこのゲームと、一通りのステージを通過した以上のおつき合いは、もうほんとご勘弁。50時間遊び続けるなんて、なんの拷問かと思います。
 チーム・アイドルマスターのBGM「団結」も聴けたから、もう思い残しはありません。リピートしたければCDに頼ろう(←ゲームした意味は?)。
 しかしおかしいなあ、はそんなに苦しんだ覚えがないのだけれど。


1/12(月)

 年が明けても、去年末からの積みゲー崩しのブームは続き(せっかく買ったのに、ブーム化しなければゲームが消化されないというのはいかがなものか?)、今回はXbox360のメニュー画面では登録文字数制限ミスかとのことで「22 CHARACTER LIMIT」として知られる『ニード・フォー・スピード モスト・ウォンテッド』
 ついに本体発売同時リリースのタイトルまで遡りました。それで楽しめているのだから何ら問題ない感じです。あと、ブームというなら明らかにはちゃめちゃ運転ゲームブームのほう。
 ムービー混じりにチュートリアル感覚で臨んだ初戦で敗退、即ゲームオーバーを繰り返し食らったときは、ハンドル捌きに求められる繊細さに先行きを大いに案じたものでしたが、一通り遊べて良かった良かった。

 誰が警察から最重要に指名手配されるのか、その順位を競って暴走を繰り返すアンダーグラウンドな世界があるのだとして、その感触を味わうのにちょうどよい。
 確かに暴走を楽しんではいたけれど、タイムや順位を競うのもストイックにではなく大ざっぱさが多分にあって、雰囲気ゲームと捉えるのが良さそうだと、メインのシナリオモードを終えてから思いました。
 そもそも、速ければいい、危険なら良いという一本の軸がなく、「警察が重要視する」という他者視点での順位付けには、基準がよく分からない。分からないものを外から観察してゲームに仕上げるとこんな感じなのだろう。
 そういう点でよいゲームでした。ハンドル捌きも、車種による違いを実感できもしたし、スピード感ともども慣れると楽しいものでした。

 一方、目玉のシーンであろう警察との鬼ごっこに、その雰囲気ぶりとゲームのルール作りの対応の難しさが出ているように思えました。
 注目されるためには簡単に相手を捲いてしまってはだめなので手加減しながら逃げる、しかし最終的には逃げ切らねばならず、そのときには望み通り注目されるようになっていて、追走の手が厳しく逃げ切り困難、という矛盾をどのように解決するか。
 自分は結局その矛盾を自力では解決できず、ネットの情報に頼ってしまい、お膳立ては必要なものの決まれば万能に通用する抜け道を活用する手で切り抜けました。そうしてもいいと思えるくらい、難しさの調整をプレイヤー側に委ねているように見えたからです。
 正式に用意されている手段でうまくいかず、1プレイ丸ごと水の泡になるのを見るときの苛立ちは、繰り返し味わいたくなるものではありませんでした。
 これが警察をからかうものの末路なのだと思い知らされる点では、教育になったかも知れません。そんなつもりは元よりありませんが!

 あと、ラストに逃走劇が待っているのですが、ここに実績が割り当てられていなかったのは残念でした。
 これまでのような裏技めいた搦め手が通用せず、正々堂々と立ち回る必要のある名シチュエーションであったため、難しくはありましたが何度も挑戦し、何とか突破したときの達成感は得難いものでした。
 ところが、シナリオモードと実績がそれまで完全に連動していたのに、この一つ前の段階までしか設定されていないものだから、ここが実績システム上はおまけ扱いにされてしまっているのですね。
 まだ実績も手探りだったはずだから、仕方ないところではあるのでしょうけれども。


1/5(月)

 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 年末年始は長時間の移動を挟むため、最近は出番の少ない携帯ゲーム機がここぞとばかり存在をアピールします。
 今回プレイの座を射止めた(偉そう)のは、すでに廉価版が売られていて、それゆえにプレイの動機ともなった
『パタポン』
 ボタンでテンポを取りながら神話的な戦いの様子を眺めるリズムアクション・シミュレーションゲームという、何とも不思議な掛け合わせのゲームですが、雰囲気が実に良い。
 古代の絵巻物に描かれたような戦士たちが、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら、幾多の魔物と戦っていくのです。プレイヤーは演奏役。それで戦士たちを鼓舞できる神様だというのだから、ずいぶんと持ち上げられたものです。
 ただ、最初から喜びっぱなしとはいかなくて、失敗続きでかなりいらいら。音を聞いてリズミカルにプレイするのはなく、リズムは画面の端で刻まれるマーカーで刻む、というコツが分かるまで、しばらく時間がかかりました。ここでは演奏はゲームの側につくBGM、頼ってはいけない。
 それって音ゲーとしては致命的なのか? いや、リズムゲームの手軽さをシミュレーションがどれだけ取り込めるかの挑戦だと捉え、つまり音ゲーと見なさなければ相当に楽しいです(←褒めてない)。

 問題は、導入されたこの手軽さが、旅行を終えて遊びの選択肢が広がった今の環境では仇になっているということ。
 一旦手から離れてしまったら、次いつ遊ぼうか。面白いのだからこのまま一通り遊んでみてはどうだろうか。いや、面白いのが分かっているのだから次の移動の機会まで取っておくのも悪くない……(←悩む時間で遊べ)



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