DT Lords of Genomes

「世界の表し方」



 物語には筋書きがありますが、世界には順序はありません。ここでの「世界」とは、至るところにあって、どれに触れてもその一部(構成物)であるようなものの総体を指してます。
 本を例に取ると、ストーリーをたどるためには、指定された順に(たいていはページの若い順に)読んでいく必要があります。これに対して、辞書、地図、事典などは、ページのついた書物でありながら、どこからでも読める(最初からは読まない)という点で、物語とは異なります。
 逆に言えば、小説が物語を表しているのに対して、「どこからでも読める」形式を取る国語辞典には国語という世界が、千葉県の地図には千葉県という世界が、そして百科事典には「この世界」という世界が、丸ごと示されていると言えるでしょう。

 ところで、辞書も地図も道具でありいわば脇役ですが、もし主役を目指して、世界を表現しようとの意図でこの「どこからでも読める」形式を採用したらどうなるか。それを、手引きでではなく、手間をかけずに検索できるシステムを用いて表現するとどうなるか。
 その答えが、この『DT』にあります。
 『DT』は、数パラグラフ程度の断片的な文章の書かれたカードを数多く用意し、順不同に読ませることで、『DT』の世界を表現しているのです。

 いきなり馴染みのない架空の世界に放り込まれても、読者(あるいはプレイヤー)は混乱するばかりです。緻密な設定の元になる固有名詞が頻出するようではなおさらです。
 本には注をつけて別項で解説するスタイルがありますが、地の文から離れて別ページをめくり、元のページに戻ってくる手続きは面倒で、調べている語の文脈を忘れてしまいがちです。
 『DT』でこの問題を解決したのが「ハイパーテキスト」です。文章中の単語、成句、時には文節丸ごとにカーソルを当てて選ぶことで、その語にリンクされた解説が現れます。解説の中にも謎の語句があれば、さらに次の解説へとたどれます。Bボタンで元の文章にすぐ戻れます。ゲームボーイのボタンを使ったブラウジング機能は、慣れれば快適に操作できるようになります(説明書に操作系についての記載がないのはマイナス)。

 やや縦長のプロポーショナルフォントは、詰め込みと判読しやすさを両立しています。文章は一画面ごとに改ページされますが、ゲームボーイにはスクロールよりこの方が適しているでしょう。
 また、画面とフォントのサイズ比による文章量密度は、一度に見渡すのに最適に近い値なのかも知れません。
 いろいろな要素が、ゲームボーイ用ソフトとしては群を抜いた読みやすさに寄与しているように感じられました。

 一枚のカードが持つ情報量は膨大で、多いものでは800文字に達します。この量は解説を除いてのものなので、実際に読む一枚あたりの文字量はこれよりずっと多くなります。
 文章は過剰な饒舌さにあふれており、つい次から次へと読み進めてしまいます(「ストーカー」の陰湿さは必読)。
 また、レアカードには『DT』世界に関する秘密が隠されているのではとの期待が、収集欲をただのコレクションとは比較にならぬほど強烈に高めます。

 カードはどのようにして集めるかというと、手持ちのカードで敵と戦ったり、店でパックを購入したり…つまり『DT』はカードゲームでもあるのです。
 このカードバトルは、ゲームボーイで遊ぶのにふさわしく10分ほどで一回の勝負が決着し、努力したプレイヤーに花を持たせてくれることの多いバランスで、非常に好ましく思いました。
 カードの品揃えで敵の強さが加減されていますが、キャラクターに持ちカードへのこだわりを持たせる(機械系オンリー、高校生オンリーなど)ことで、敵の弱さにも『DT』世界に基づく意味がついており、納得させられます。
 同じ能力のカードが何種類かあったりして、バトルとしてのカードの種類には総数(194枚)ほどのバラエティを感じませんが、これもゲームボーイに合わせてルールを簡略化するという方針から来ているのでしょう。それに前述ハイパーテキストの内容が全く異なるので不服はありません。

 カードバトルは一つの物語を追いかけつつ展開していきます。ここでは文章を一本道でたどっていきますが、この物語も出来事の一つとしてカードに(正確には、カードの文章の裏で構成されたハイパーテキストで表される世界に)織り込まれています。
 この物語は、『DT』世界が持つ情報をいくつか集め、会話や心理状態などで肉付けされてできたものなのです。筋道を付けた形で語られないエピソードがこの世界には山ほどあります。その気になれば、この世界に沿ったいくつものストーリーが編み出されることでしょう。
 そういう広がりを持つ世界を、秩序立っていない全体として感じることができたのは、自分にとって新しい体験であり、カードバトルともども大変楽しく遊ぶことができました。

 ところで、この『DT』は、ハイパーテキスト(システム)、カードバトル(ゲーム)と並ぶ特長として、表現の残虐さを伴う設定を持っていました。その残虐さは、ゲームボーイでソフトを出すに当たって極めてマイルドに抑えられたようです(このあたりは太田出版刊「CONTINUE」0号の『DT』記事、57〜59ページを参照しました)。
 かといってそのテイストは失われたわけではなく、「ゲームに収録できなかった前史を、公式ホームページやCD-ROMのプレゼントによって、当初の構想通りのエグい描写で補完する」という形で生き残りました。
 ただ、それら尖った表現をゲームから切り離したことは、結果的に、システムやルールの優れた面を浮き上がらせ、ゲームボーイソフトとしての『DT』にはいい方に働いたと思います。
 文章表現だったら他のメディアに任せられる、といった誇らしげなゲームの精神をそこに感じたとしたら、それは気のせいなのかも知れませんけれども。

('01/8/5)

DT Lords of Genomes

発売元:メディアファクトリー
機種:ゲームボーイ
発売日:'01年5月25日
プレイ時期:'01年5〜7月
購入価格:4,500円(新品)
シナリオクリア、186枚収集



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