エンジェルプレゼント

「表裏二枚の看板」



 パッケージを飾るのは、舞い散る白い羽根と二人の少女。
 そして、ひっくり返して裏面を見ると、
「夢を忘れられないあなたへ
 感動のストーリーがここにある!!」
 これを見て、『エンジェルプレゼント』のゲーム内容が癒し系アドベンチャー以外であると予想するには、相当鍛えられた深読み能力が必要なのではないでしょうか。

 PC・アダルトゲーム業界で花開いた「感動系」のブームは、中でも最も強力なタイトル『Kanon』の移植によってドリームキャストにももたらされました。
 本作の「羽根」「感動」というキーワードは、泣きツボ刺激力の極めて高かったその『Kanon』を否応なく連想させます。両タイトルの発売元は同じであり、『Kanon』がヒットした勢いに同系統のオリジナルタイトルを便乗させるつもりなのだろう、と想像できます。
 その狙いはあざとい。しかし、売り方の偏見を跳ね返す「感動的」な内容に、もしかしたら出会えるかも知れない。万が一そうだったら儲けものではないか。全く予備知識のないタイトルに対しては、そのくらいのきっかけで手を出してみてもいいのではないか。プレイヤーにとって重要なのは売り上げではなくゲームの内容であって、売り方なんて時が経てば忘れてしまう。

 などと、妙におおらかでありながらも弁解するような心持ちになったのは、きっとこの絵を気に入ったからに違いありません。
 そんなわけで買ってみた『エンジェルプレゼント』でしたが、最後まで遊んでみて驚かずにはいられませんでした。
 まさか物語の筋書きがほとんど用意されていないなんて。自分がこのゲームを買ったときの状況と、内容に触れたときの衝撃を、未来の自分に思い出させるために、この文章はあるのかも知れません。

 主人公は絵本作家を夢見て修行中の身です。高校卒業から2年、頑張っているもののなかなか芽が出ないことに焦りを覚えている彼は、夏休みの間に絵本を一作仕上げられなかったら夢を諦めよう、との決意を胸に帰省します。都心から電車を乗り継いで数時間離れた彼の故郷「阿左美ノ里(あざみのさと)」では、懐かしい土地や人だけではなく、謎の体験が彼を待っていました。
 以上、主人公の課題だけ紹介しました。この設定だけでは女の子の出番がありません。そこで、ギャルを絡めた話がどのように展開されていくかが本作の肝となる、はずでしたが…

 確かに女の子は出てきます。故郷で出会う高校生三人(引っ込み思案、水泳選手、昆虫採集好き)、高校時代の憧れの先輩、そして主人公を追ってきたアトリエの後輩の計5人が登場します。皆はそれぞれ悩みを持っており、つきあいを深めていくとその内容が明らかになります。
 しかし、ストーリーと言えそうなのはこの骨組みだけなのです。「彼女たちがどんなことで悩んでいるのかが分かり」、「その悩みに決着をつける」というこの2点が、物語のほぼ全てです。その2点の間を埋めるべき盛り上がりがなく、主人公の悩みとシンクロすることもほとんどなく(わずかに、引っ込み思案の少女が夢と現実の間で揺れる、というシナリオに重なりを見ることができますが)、淡々とゲームが進んでいきます。もちろん涙を誘う山場なんて出てきません。

 『エンジェルプレゼント』のゲーム進行は次の通りです。
 プレイヤーは、「阿左美ノ里」のマップを実際に歩き回ります。阿左美ノ里には、海や山や川など、変化に富んだ自然があります。また、商店街や公共施設、知り合いの自宅や喫茶店など、多くの建物があります。イベントは、マップにぎっしり並んだそれらのどこかで発生します。シナリオ進行に関わるイベントがあるポイントには、目印がついています。
 一日は朝・昼・夕・夜の4つに分けられています。イベントが発生する条件には、この時間のファクターも含まれています。そこで、主人公は1日最低4回、どこかでイベントが起きていないかをチェックするために、町中を巡回することになります。
 主人公にしてみれば「絵本のための題材探し」という目的があってそうしているという名分があるのですが、定期的にマップ中を見張る様子には、町の警備員のような趣があります。

 「シナリオに関わるイベント」といっても、前述したとおり大きな進展は2度だけです。では、それ以外のイベントは何なのか、というと、誰に会っても「どこそこで彼女を見かけた。暗い顔をしていたよ、話を聞いてあげれば?」
 そして見つけたあげくの反応が、「ごめんなさい、また後でお話しします…」
 つまりお使いと鬼ごっこの連続なのでした。この繰り返しが、1日4回、3週間の夏休みを通して、省略できない「巡回」の中で続けられるのです。そしてこれをこなさなければ物語は進んでくれません。この勿体の付けかたには脱帽します。
 それぞれの女の子はだいたい決まった場所(水泳選手ならプールのある学校か自宅か、など)にいるのですが、あくまで「だいたい」であってほかの場所にいることもあり、いつそうなるのかは分からないため、結局「巡回」に手は抜けません。

 また、5人の話は全て独立に同時進行するのですが、無計画にイベントを拾っていくと、どのキャラのイベントも最後まで見られずバッドエンド、となってしまいます。これは、一人のイベントで長時間(まれには数日)拘束される場合があるためです。その間はほかのキャラのイベントはいっさい進められません。そこで、ハッピーエンドを迎えるためには、攻略対象者のイベントを集中して起こしていく必要が出てきます。
 しかし、イベントスポットの目印は「誰の」イベントかまでは教えてくれません。それは発生して初めて分かるので、狙っていない女の子に出会ってしまい、そのイベントで丸1日貴重な時間が過ぎてしまいリセット、などという事態がしばしば起きます(データのセーブ・ロードにほとんど時間がかからないのは救いです)。
 さらに、「シナリオ進行とは関係ない、でも専用グラフィックがあるイベント」などというものがあり、これにはイベントの目印がつかないので、グラフィックを全て揃えよう、イベントを制覇しよう、と思ったら、全ての建物をしらみ潰しに調べなければなりません。

 回数をこなすうちにプレイヤーの気持ちの中で作業と位置づけられていく「巡回」ですが、これを激しく苦痛にしているのが、頻繁で長い読み込み中断。建物への出入り、4地区に分かれているマップ間の移動、時間の経過、そのいちいちで数秒止まるので、いらいらすることこの上ありません。
 ゲームに慣れてくると、「巡回」中はプレイ時間の半分が読み込みに費されます。これがドリームキャストの実力なのか?
 他にも、デフォルメキャラの演技と場面とのズレ、唐突に始まるアクションシーンの限りなくチープな作り、どのキャラとも仲良くなれないままゲームを最後まで進めると主人公の未来について語られないまま終わる尻切れぶり(君の帰郷の目的は何だ?)など、探せば次から次へと欠陥が見えてきて、数えているうちに腹が立ってきます。

 しかし、本作がシナリオ重視のゲームだという先入観を外すと、悪いところばかりではないと感じることもできるようになってくるのです。
 その先入観はゲーム自身が与えているものなので、それを外すというのは発想しづらいというか納得行かないところがありますが、ひとまず「パッケージ裏記載の文言を読まなかった」ことにしてみます。
 すると、このゲームの長所が浮かび上がってきました。

 このゲームに骨太なストーリーはありませんが、小さなイベントは山ほどあります。そのイベント群は、登場人物の人となりを描くことに注力されています。
 ノーマルな会話でも時間により時期により(休日だったり夏祭りが近づいたり)バラエティがあります。そしてそれらには全て、これまた小学生から老婆まで、キャラクターに似合いの声が当てられています。
 イベントとなればフルボイスはもちろんですが、安定した絵柄の新規止め絵が惜しげもなく繰り出されます。イベントグラフィックの総数はなんと298枚! 単純にヒロイン数で割れば一人当たり60枚近くとなり、この物量作戦にはただ驚くばかりです。
 ゲームの途中で頻繁に「レイヤー世界」と呼ばれる異世界(これが、主人公の遭遇する「謎の体験」です)に巻き込まれますが、そこでのファンタジックな画像の統一感もまた見事。
 パッケージの絵を楽しみにした場合、その期待は裏切られません。
 また、グラフィックについては、美人と不美人の区別という価値観上の統制が厳しく取られていることでも感心しました。このゲームでの不美人は気の毒なほど徹底して不美人に描かれます。かわいいキャラと不細工キャラが同じタッチの元で同居している構図からは、引き立て役の重要性を知ることができます。
 声と絵に払われた以上のような労力の結果、各キャラクターの性格は確立され、実に生き生きとして見えます。メインのヒロインたちだけでなく、名前の付いた数十人の個性的なキャラクターが阿左美ノ里に暮らしている、その暮らしぶりが感じられるのです。

 なお、フルボイスで展開される町でのイベントに対して、先述の「レイヤー世界」では、「会話は頭の中で直接交わされる」との決まりごとがあり、これによって声資源が極端に節約されています。全編これだとしたらちょっと許せませんが、ゲームの一部、しかも異世界であるならば理解できなくもない設定です。
 レイヤー世界の各キャラはいろいろな台詞を全てたった一言(ため息、鳴き声、叫びなど)で代用させているのですが、夢の世界の精霊のため息は、その精霊の表情や態度と非常によくマッチしていて、いろいろしゃべるよりかえって合っているような感じさえしました。

 遊び終えてから振り返ると、本作は魅力的なキャラクターたちが作り上げる世界に浸っていい気持ちになるためのゲームでした。その素質は十分に持っていると思います。
 だから、素直にキャラ萌え用ゲームと謳えば何の問題もなかったのです。これで読み込みのストレスさえ減れば、この世界に滞在することもそう悪くない、と思えます。
 ストーリーで引っ張るものだと勘違いさせたことがプレイヤーに対する最大の罪だったと言えましょう。そんな誤ったイメージは、「膨大な量のグラフィックと台詞を準備するのに力尽きてしまい、物語の構築まで手が及ばなかった未完成品」との邪推を呼び寄せかねません。

 本作のパッケージには、表でグラフィック、裏でストーリーと二点の特長が現れていました。うち一つはJARO的にNGでしたが、もう一つの期待には十分に応えてくれました。
 これはあくまでキャラクターの力で押すギャルゲー。絵だけ見ていれば満足という、今となっては少し懐かしめの感触を味わいつつ、ぬるま湯の雰囲気に溺れることを良しとするなら、本作はプレイヤーに小さな幸せを与えてくれるでしょう。

('01/6/4)

エンジェルプレゼント

発売元:NECインターチャネル
機種:ドリームキャスト
発売日:'01年4月12日
プレイ時期:'01年5月
購入価格:6,480円(新品)
全キャラクリア



目次に戻る
inserted by FC2 system