モエかん

「萌えの果てにある物語」



 『モエかん』というゲームに接するにあたってまず注目されるのは、パッケージや説明書のどこにもキャラクターの紹介がされていないことです。これらにざっと目を通して得られる情報は、化粧箱に描かれているようなメイドさんが多数出演するらしいことと、どうやら読み物タイプのゲームであるらしいことくらいです。
 もう少し注意深く読むことで、物語があること、幻覚や夢が出てくることなども分かるのですが、それらの記述はあくまでさりげなく控えめです。そのようなことでは、同梱の「同人誌」や目立つタイトルの方に気を取られたとしても、ちっとも不思議ではありません。
 「同人誌」をめくれば、そこには何人ものゲスト絵描きさんによってさまざまに思い描かれたキャラクターたちがいます。そしてタイトルである『モエかん』の「モエ」は、言うまでもないかもしれませんが、女の子が出てくる創作物につきものの言葉である「萌え」なのです。

 ゲームを始めると、次々にヒロインたちが出てきます。アンドロイド、小柄で舌足らず、馴れ馴れしい積極派、ぼんやりおっとり、正体不明の子供といった、いずれ劣らぬ個性の持ち主たちです。
 全員が従順なメイドさんであれば個性などないのではないかとも思えますが、実はゲームの舞台はメイド「養成所」なので、正式のメイドさんはヒロインの中には一人もいないのです。
 少しずつ、ゲーム内容がプレイ前のイメージからずれていきます。

 会話から地の文までを大いに楽しみながらメイド養成所での生活を見ていくうち、各キャラには初登場時に見せるのとおよそ正反対の設定が兼備されていることが分かってきます。
 アンドロイドなのに人間よりずっと弱々しかったり、発音が小児的でありながら飛び抜けて有能なキャリアウーマンだったり、天然ボケていそうなのに肝が据わっていたりといった具合です。
 そもそもメイド養成所の所長を務める主人公からして、丸メガネのやさ男という外見とは異なり、世界にその名を轟かせた殺戮のエキスパートだったという過去を持っていたりします。

 ここで背景設定について触れると、ゲームの舞台は先述の通りメイド養成所ですが、ここはゲーム世界では最果ての地にあります。そして世界の大半は、「モエかん」こと「萌えっ娘(もえっこ)カンパニー」によって統治されています。メイド養成所はモエかんのために役立つメイドを輩出させるために作られた一機関なのです。
 モエかんの力は強大で、その支配下で暮らす人々は、人生を翻弄するような出来事は何も生じないように制御されているとのことです。モエかんは、その管制をさらに強固なものにしたいと考えています。

 本作の物語は、以上のような背景設定を縦糸に、各キャラの設定を横糸にして編まれます。
 そう、このゲームで物語が始まります。一応、申し訳程度に、目立たなく予告されていたとはいうものの、パッケージから推測された比重とは裏腹に、物語が前面に押し出されてくるのです。
 キャラクターたちがそれぞれの性格に基づいて精一杯生きる姿が物語られます。涙を誘う演出にも彩られ、彼らが生きた証がプレイヤーに強い印象を残します。

 このように物語によってゲーム終了まで導かれるルートがある一方、本作には別のルートもあります。こちらでは物語は影を潜め、モエかんの命によって主人公がヒロインたちを性的に調教する過程がメインとなっています。
 この調教ルートでは、物語ルートへの過程で築かれたヒロインの性格が組織の冷酷さで踏みにじられ、否定されていきます。抵抗空しく、彼女たちは最終的にはどこでも、誰でも相手に取るようになるまでに飼い慣らされていきます。
 そんな調教エンディングでの各キャラの状態は、物語もなく、固有の性格も消えているという点で、キャラ造形だけが明らかになっていたゲーム開始前に戻っていると見ることができます。
 締めの調教はしばしばメイド養成所を離れ、日本をモデルにした都市で行われており、そのイベントグラフィックを見ていると、このゲームを店頭で手に取ったときの第一印象が頭をよぎります。

 思えば、キャラの見た目だけを手がかりに、ああもあろうかこうもあろうかと空想をふくらませるその行為=「萌え」は、頭の中で繰り広げられる行為の種類を問わず、想像主の意のままにキャラが操られるという点で、調教ルートの末の陵辱と根を同じくしていたのです。
 陵辱によってキャラが崩されていくのを目の当たりにするのはやるせなく、そこからは隔たったところにある物語ルートの価値がぐっと高まるのを感じます。そこには物語があり、キャラクターたちはその中に守られているからです。

 まっさらなスタート地点から、端折らず着実に仕込みの跡をたどることで、ようやく物語に出会うことができます。一方、萌えはそのような地道さを求めない代わり、物語を担ったキャラクターの個性を抹消するよう迫ります。本作の物語ルートと調教ルート、それぞれのエンディングに至る過程からは、両者を隔てる距離の遠さが伺い知れます。
 物語と萌えは混じり合いません。しかし『モエかん』では、そのように相性の悪い物語と萌えとが、対立したまま一つのゲーム内に併存しています。
 物語は萌えの環境から離れ、多数のキャラの人生を丸ごと引き受け、プレイヤーの介入を許さない離れた場所で完結します。そのように萌えから孤独な物語のあり方は、ゲーム内世界における、モエかんがあまねく支配する世界とその果ての孤島にあるメイド養成所という構成と重なります。
 両立しないもののどちらか片方ではなく、両方を含めた丸ごとが、そのような構成によって収納されている『モエかん』は、まったく欲張りなタイトルだと思います。

('03/5/8)

モエかん

発売元:ケロQ
機種:Windows98/Me/2000/XP動作可能PC
発売日:'03年1月31日
プレイ時期:'03年4月〜5月
購入価格:6,380円(新品)
全キャラエンディングクリア(通常CG3枚残し)



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