プリズマティカリゼーション

「輝く明日へ」



 日々の暮らしに目標を見いだせず、流されるままにその日その日を生きる。
 過去の行動にこだわるあまり、未来の可能性を考えようとしなくなる。
 受験を半年後に控えたそんな高校生が、透き通る奇妙な角柱を拾った。それによって、彼を取り巻く時の流れが袋小路に迷い込んだ。

 このゲームの主人公にとって、日常はルーチンワークでしかない。それは目新しいことを探そうとしない怠惰な性格にもよるし、変化を求めて足掻く行動を無駄なものと決めつけ、未来を固定され融通の利かないものと諦めてしまっているせいでもある。彼は、若隠居のような自分の行動様式を分析し、社会通念と比較して不甲斐ないと感じてはいるが、怠け者であるため、現状を改めようとしない。
 今を、そして将来を生きる目的の代わりに主人公が身につけているものは、該博な知識の鎧。古今東西ジャンルを問わない学問の堆積で透過させてみれば世の中の出来事はみな既知のこととして説明可能であり、分かり切った事象に出会って右往左往する周囲の人間たちは彼にとって嘲笑の対象ですらある。
 このように設定された主人公の性格はゲーム内で存分に発露される。ナレーションの役を務める主人公の思考は常に衒学的・皮相的であり、たとえギャル相手であっても失態は言うに及ばず何げない挙措に至るまで追及の視線が外れることはない。その代わり、自分の無様な行為に対しても仮借ない自己嫌悪が見舞われる。

 主人公の教養をもってすれば、大概の事態には対応できる。それだけの即興性や応用能力を彼は持っている。そしてそのために、経験の積み重ねは彼にとって重きをなさない。
 体験したが故に得られる真の理解の味を彼は知らない。それゆえ彼の論理は往々にして、的を射ているにも関わらず空虚で、机上の空論と呼ばれるにふさわしい借り物じみたぎこちなさを免れない。

 そのような主人公が気づかぬまま遭遇していた怪現象、それはまったく同じ一日が幾度となく繰り返されるという、時の無限回廊だった。
 もっとも、主人公の身の処し方は、時がたゆたう前後でさほど変化していない。自ら決まり切った日常を暮らすか、強制的に同じ日を繰り返させられるか、本人の意思に基づく選択がなければ両者に差異はほとんどない。
 それでも、作られた世界、不自然な環境は、彼に違和感を幾度となく覚えさせる。異常を感じ取れるということ自体、彼の優れた観察力を示している。他の登場人物のほとんどは、異世界ならではの現象に出くわしながらそのことに気づかないか、もしくは気に留めず忘れ去ってしまう。
 しかし主人公はこの謎を解くことができない。これは習得の上で理解できる範疇を超えた出来事だからだ。

 主人公はその一日の中で、感情を受容・表現することの困難な小学生の少女と出会い、希望を託される。他人の心情を慮れない副作用としてこの世界の奇妙さを半ば知覚でき、それ故に苦しんでいる彼女は、主人公の卓越した類推・洞察力に、この人なら自分の苦しみを緩和してくれるかもしれないと期待を抱く。
 しかし循環の原因を主人公が突き止めることはできなかった。彼の考察はあくまで演繹から道を外すことはなく、この非常識を説明するためのひらめき――そのためには論理の飛躍が実にしばしば求められる――、それを生む情熱に欠ける彼の思考は堂々巡りに終始してしまう。筋道にこだわり前例を探し、努力の報われない主人公はいらだちを募らせる。

 それだけでなく、主人公は誰の望みにも応えることができない。
 このゲームの登場人物はみな悩みを抱えている。それは、登場人物にとっては同じ一日として繰り返されつつ、プレイヤーにとっては少しずつ変化していくゲームシステムに導かれて、徐々に明かされていく。一日の間に起きたことの中から特に選んで「記録」するという手続きを踏むことで、その次の(同じはずの)一日に変化が生じる。小さな波紋が広がっていき、やがて隠されていた葛藤が吹き出し、助けを求める手が主人公に伸ばされる。
 しかし彼は率先してその手を取って引き上げようとはしない。現状を分析し、心理を探り、助言を与えることはあっても、所詮は他人事であり、他人事には興味を覚えず、興味のないことで親身になることはないのが主人公の性格である。
 もっとも、主人公が助けようとしない、あるいは「できない」のには理由がある。彼もまた悩んでいるから、自分の苦悩にかかりきりで、ひとの面倒まで見ていられないから、というのがその理由だ。

 主人公の悩みは、己の内に自己主張の源となる意欲が現れてこないことだった。何を欲し何を求めるべきか分からないまま生きてきたために、過去の人生に関する記憶が薄く、日常は同じことの繰り返しに感じられ、将来を見据えた行動をとることができなかった。ところが、彼が迷い込んだ循環の世界は、他の登場人物に留まらず主人公の悩みにも、解決のヒントを提示する。
 この世界を通して、主人公は記憶する方法を教わる。印象的なイベントを角柱に刻みつける、ゲーム中では「記録」と呼ばれる行為、それは記憶の機構と共通しており、記録(記憶)する過程では忘れまいとする意志が要求される。
 そして、いくつかのシナリオでは、ゲーム終盤で悩みを顕わにした登場人物を前にした主人公が、ついに能動的に他人に干渉する決意を固める。彼にそうさせた原動力が何であったか、それはこれからプレイする人(そういう人がどれだけいるかは疑問だが)の楽しみを奪うことになるから伏せるが、この不可思議な時間を経ることで、その他大勢ではなく改めて個人として主人公の目に映るようになった登場人物との関わりが、エンディングでは描かれている。時は流れても主人公の思索没入癖は相変わらずのようだが、傍観者であることをやめてから生き方が変化してきている様子が、短いエピローグから伝わってくる。

 世界設定、システム、キャラ設定をうまく収束させて心の屈折というテーマを映し出したゲーム内容を私は高く評価してやまないが、同時に、パッケージや紹介記事やゲームを取りまくその他諸々の情報全てから典型的なギャルゲーオーラを漂わせ、外見からは絶対に見抜けないようゲームを包み込んだ作者の方針に、主人公と同種のねじれを感じて当惑せざるを得ない。


 以上、主人公への強い感情移入をひきずった立場で、このゲームを紹介してみました。
 はっきりした目標に向かって日々健やかに人生を邁進している方は、プレイしないほうがいいでしょう。
 きっと不愉快になる。

('99/12/4)

Prismaticallization(プリズマティカリゼーション)

発売元:アークシステムワークス
機種:プレイステーション
発売日:'99年10月28日
プレイ時期:発売直後
購入価格:5,800円(新品、ポスターつき)
全キャラクタークリア



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