「同じ一日が微妙に変わりながら繰り返す」という、このゲームの特異な時間の流れについて、シナリオ内で直接に語られることはありません。ナレーションを務めるのは荘司ですが、彼は時間が循環していることを察知していません。
澄香シナリオのエンディング前で草加は、結晶による光の分散現象に続いて、 「同様に、時間が、それ(=オブジェ)に差し込む。すると、プリズムのように、様々に見える」と述べています。このとき彼が思い描いていたイメージを、よく知られた三角プリズムの分光現象に単純化・模式化して図1に示しました。
図1 三角プリズムによる分光現象
ここで彼が行った比喩は 光 ←→ 時間(「時間流」) です。一方向に進む光がプリズムによって虹色に分解されるように、時間の流れ方がオブジェを通して変化する可能性がある、と彼は推測しています。この図では光は一度しか折れ曲がりませんが、こみ入った構造を持つプリズムであれば光の経路は複雑になります。
さて、先ほど比喩の対応を並べたときにあっさり「光」と書きましたが、プリズムに入る(「入射する」といいます)前と出た(「射出した」といいます)後では同じ光とは呼べません。なぜなら、光の色が異なっているからです。 図2 単色光の屈折
このことを頭に置いて再び光←→時間の対応を考えるなら、個々の単色光こそができごとを経験した時間の一つ一つであり、白色光はそれらの寄せ集め以上の意味を持たない、と見るのが適当でしょう。プリズム(できごと)を本当に通過した状態は数ある波長の光の中でたった一つ、ほかは起こる可能性がありながら起こらなかった、いわばパラレルワールドなので、通常の時間流ではプリズム通過後は考慮しなくていいわけです。可能性を全て重ね合わせて図示した結果、光色の足し算によって便宜的に白色で示されたのが、図1でプリズムに入る前の光なのです。
図1および2では光はプリズムを通過して別の場所へ進んでいくことができますが、ゲーム中の時間流は循環しています。つまり、この比喩を通すなら、プリズムを通った光はまた戻ってこなければなりません。
光がプリズムへ入射(あるいは射出)するとき、光の進行方向とプリズム面がどのような角度を取っているかが、屈折や反射を考える上で重要になります。
先ほどの例で用いた三角プリズムでも、光の入射方向によっては反射が起こります(図3)。反射をうまく使って光を狙いの方向に導くこともできます。実際、倒立像を反転させる目的で、望遠鏡の中に三角プリズムが使われています(ポロ型プリズムというそうです)。 図3 単色光の反射
草加は循環の始まりについても、同じ澄香シナリオで述懐しています。 「始めに(オブジェを)俺が拾った。それを彼女が持っていった。それを多分、落として……それを君が拾った」この言葉を、反射という現象と併せて考察すると、ゲーム内の「繰り返す一日」が始まるにあたって時間流に以下のようなことが起こったことが想像できます(図4)。 1. 通常の時間流 + 草加の持っているプリズム
図4 プリズムと光を用いた時間流のモデル
分光学を時間の流れに比喩として用いているこのゲームの設定は大変おもしろいと思います。その方面から考えられることとしてまとめてみました。
なお、図4でプリズムの位置関係は勝手に決めました。「なぜ対称の位置に?」と訊ねられても困ります。この項は現象を説明しようとしているだけで、それが起きた原因を考えているわけではないからです。
(2000/3/4)
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